神様は意地悪だ。
優しいフリをして、いつも本当に欲しいものは与えてくれない。
さぁ、自分で選びなさい、と。
選び難い選択肢を目の前に提示するだけ。
神様は、意地悪だ。
飛べない紙飛行機
ドアを開けたら、見慣れた後ろ姿が見えた。
誰も居ないと思っていた。
嘘。
そんな風に考える頭のどこかで、居るかもしれないと思っていた。
華奢な体、長い髪。少し高めの窓枠から上半身を乗り出したその人物からは、ご機嫌そうな歌が聞こえてくる。
そんなに広くもない部屋だというのに、彼女――ミクは入ってきた俺の存在に全く気付くこともなく、ただただ歌い続けていた。
そのことが少し気に入らなくて、面白くなくて。
俺は近くにあった椅子に座り、散らばっていた紙で紙飛行機を折り始めた。
紙飛行機にした理由なんてない。紙鉄砲でも何でも良かったんだ。それこそ、丸めた紙でも良かった。
ただ単に、ミクを振り向かそうと思っただけ。
けれど、そう。強いて言うならば、小さなプライドと弱気な自分の葛藤の結果。
『気付いて、気付いて、こっちを見て。でも、気付かないで』
こぼれそうになる本音を飲み込みながら、出来上がった紙飛行機をそっと放った。
ふわりと飛んだ飛行機は、そのまま放物線を描いて……こつん、と、ミクの傍の窓ガラスにあたって落下した。
「あ、レンくん」
ようやく俺の存在に気付いたミクは、少し驚いた表情をしたあと、柔らかく笑った。
「いつの間にきてたの?声、かけてくれたらよかったのに」
「さっき」
「ミク、全然気付かなかったや」
「暢気に歌ってたからだろ」
「だって、空がきれいだったんだもん」
理由になっていない理由を答えながら尖らせた唇は、けれど、紙飛行機を拾うために俯いた髪に隠れてすぐに見えなくなった。
「紙飛行機だ。懐かしいなぁ」
その辺の紙で作った紙飛行機だというのに、大切そうに両手で持ちながら少し目を細めて言う。
「昔、カイトお兄ちゃんに教えてもらったんだけどなー。ミク、何回やっても上手く折れなくて」
どこか嬉しそうに飛行機を眺めるミクの顔を見ていられなくて、俺は目をそらした。
なんで。なんで、そんな顔してあいつとの思い出を話すんだよ。
普段のものとはまた違う笑みに、胸が苦しくなる。息ができなくなりそうだった。
けれど同時に、その笑みに惹きつけられてしまう自分も自覚していて。
『あの感情が、俺のものだったらいいのに』
何度そう願ったことだろう。
「この紙飛行機、さっき綺麗に飛んでたよねー」
お願いだから。
「ミクも折りたいなー。レンくん、教えてー」
そんな甘ったるい声で。
「ねぇ、レンくんってば!」
俺の名前を呼ばないで。
「やーだね。帰ってまたカイトにでも教えてもらえば?」
いつの間にか俯いていた視線を上げて、真っ直ぐにミクを見る。
あぁ、俺は今、ちゃんといつものように生意気な表情を浮かべられているのだろうか。
「えー。レンくん、意地悪だ」
「意地悪で結構だね」
「ちぇーっ」
折りたかったんだけどなぁ、と呟きながらミクが投げた紙飛行機は、手を離れた後、すぐに落ちてしまった。
――あぁ、俺みたいだ。
唐突に、そう思った。
室内の『空』すら上手く飛べないのに、自分一人では何も出来ない。部屋の真ん中で、誰かが拾ってくれることを待っている。
なっさけねーな、俺。
泣きそうになった顔を見られたくなくて、抱えた膝の間に慌てて顔をうずめた。